クリニックの経理を自動化するとき、最初に決めるのはツールではありません。「触らない範囲」と「先月が見本」の2つです。対象を会計ソフトと銀行明細だけに絞り、カルテや予約システムには触らないと宣言する。そのうえで、過去と同じ処理に合わせることを基本にして、見本のない取引だけ人が判断する。この2つを決めれば、いまの会計ソフトのままで手作業の大半は機械に移せます。
DX課は、ある医療法人の経理を引き受けて、前任者の引き継ぎで止まっていた1か月分を動かしました。そのときにやった順番と、つまずいた場所をそのまま書きます。
最初に決めるのは「触らない範囲」
クリニックの経理が他の業種と違うのは、隣に触ってはいけないものがあることです。カルテ、レセプト、予約システム。ここに外部の人や機械が入ることを、院長も事務長も嫌います。当然です。
だから、最初にこう線を引きます。
- 触るのは、会計ソフトと銀行明細だけ
- カルテ・レセプト・予約システムには触らない
- 窓口の現金は、残高を報告するだけで中身には踏み込まない
DX課がある医療法人の経理を引き受けたとき、いちばん最初に伝えたのがこの線でした。線がはっきりすると、任せる側は安心して任せられます。任される側も、迷ったときに「これは範囲の外」と言えます。自動化の話は、何をやるかより、何をやらないかを先に決めるほうが早く進みます。
「先月が見本」で、判断の大半はなくなる
経理の手作業が減らない理由のひとつは、1件ごとに「これは何の科目か」を考えていることです。実は、その大半は先月も同じ相手から同じ金額で来ています。
DX課の基本は「先月が見本」です。過去の登録実績と同じ処理に合わせる。ある医療法人では、過去の仕訳3,517件をAIに学習させました。すると銀行明細が届くたびに、AIが「先月はこう処理していました」という仕訳案を出してきます。人はそれを確認して登録するだけです。
見本のない取引だけ、人に聞きます。ここで大事なのは、聞く相手を用件別に先に決めておくことです。
- これは私用か法人か → 経営者に聞く
- この入金は何の分か → 現場の担当者に聞く
- 先月と同じ形のもの → 聞かずに登録する
判断待ちで経理が止まるのは、誰に聞けばいいか決まっていないからです。相手を決めておけば、質問は短くなり、返事も早くなります。質問するときは、会計ソフトに出ている明細の名義をそのまま書きます。言い換えると、相手には伝わりません。
止まっていた1か月分415件は、5日で動いた
引き受けた時点で、その医療法人の経理は1か月分が手つかずでした。件数にして415件。これを全件処理するのに、承認から稼働まで5日でした。追加のシステム利用料は0円です。すでに使っていたクラウド会計と、AIだけで組んでいます。
速かった理由は、急いだからではありません。小さく始めたからです。最初のひと区切りを「銀行明細の仕訳だけ」に絞った。請求書の処理も経費精算も、あとから足せばいい。最初から全部をやろうとすると、設計に時間がかかり、動き出しが遅れます。
クリニックの場合、先に銀行明細だけを対象にするのは理にかなっています。診療報酬の入金、家賃、リース、給与、社会保険料。毎月ほぼ同じ顔ぶれで、先月が見本になるものばかりだからです。
AIが間違えるパターンと、見張り方
AIに仕訳案を出させると、ほとんどは合っています。ただし、間違えるパターンは決まっています。DX課が実際に踏んだものを挙げます。
似た銀行名の相手を誤って当てる。 相手名の一部が似ていると、AIは別の取引先の処理を当ててきます。だから相手名の目視は省きません。ここは機械に任せない、と決めています。
個人名宛の振込。 給与なのか、立て替えの精算なのか、私用なのか。明細だけでは判断できません。個人名宛の振込はAIに判断させず、必ず人が見ます。
登録した仕訳が、明細と紐づかない。 仕組みの都合で、外から登録した仕訳が銀行明細と結びつかず、同じ取引が二重に計上される危険がありました。明細に直結して登録する方式に切り替えて解決しています。自動化の設計で、いちばん気をつける場所です。
口座の設定は、知らないうちに戻る。 「この口座は同期しない」という設定が、いつの間にか元に戻っていたことがあります。設定に頼らず、出口の仕訳で振り分けるようにしました。
どれも、全部を機械に任せると起きることです。DX課の考え方は、機械が「怪しい」と拾ったものだけ人が見る、です。人が見る量はおよそ10分の1になります。お金が動く最後のボタンは人が押す。この順番は崩しません。
窓口の現金は「合わない前提」で線を引く
クリニックの経理で必ず出てくるのが、窓口現金の差異です。釣銭と、まだ回収していない売上金が同じ金庫に混ざっている。だから、月末の残高と帳簿は元々ぴったり合いません。
ここを自動化の対象にすると、止まります。原因を追いかけ始めると、終わらないからです。
DX課は、窓口現金については残高を報告するだけにしています。差異の原因追及は、経営側と顧問の会計事務所の領分です。自分の範囲でないものを、自分の範囲でないと言えることも、自動化を止めないための設計です。
毎朝8時に、人が見るのは数分だけ
仕組みが動き始めると、経理の状況は毎朝8時にチャットへ自動で投稿されます。新しく届いた明細が何件、判断待ちが何件、誰に何を依頼中か。人はそれを朝に数分見て、怪しいものだけ開きます。
依頼や判断待ちは、チャットの流れに任せず「やりとりボード」に書いて、済んだものに印を付けます。口頭やチャットで流れて消えるのを防ぐためです。
導入して終わり、にはしません。月に一度、動いた件数とつまずいた件数を数えて報告する。仕組みは生き物なので、数字で健康診断を続けます。
クリニックの経理自動化は、高い道具を入れる話ではなく、線を引いて、先月に合わせて、怪しいものだけ人が見る。その順番の話です。
---
御社の事務作業のうち、月に何時間ぶんが機械に移せるか。29項目・3分の無料シミュレーターを置いています。入力内容は送信されません。<br>https://dxka-booth.pages.dev