引き継ぎ資料がないなら、作らなくていい
引き継ぎ資料がないなら、作らなくて構いません。過去に登録された仕訳そのものが、引き継ぎ書の代わりになります。
DX課がある医療法人の経理を引き受けたときは、過去仕訳3,517件を見本にして、前任者の引き継ぎで止まっていた1か月分415件を全件処理しました。承認から稼働まで5日、追加のシステム利用料は0円です。この記事では、その順序を書きます。
止まった直後にやりがちなのが、手順書を作り直そうとすることです。辞めた人の頭の中にあったものを、いまから文書に起こそうとする。ここで時間が溶けます。
代わりに使うのが「先月が見本」という考え方です。同じ相手・同じ内容の取引は、前回と同じ処理に合わせる。過去の登録実績が、そのまま判断の基準になります。
DX課では、過去仕訳3,517件をAIに学習させ、銀行明細ごとに仕訳案を出させました。人はその案を確認して登録する。ゼロから考えるのではなく、出てきた案が合っているかを見る仕事に変えました。
見本のない取引だけを、人に聞きます。全部を任せるのではなく、機械が「怪しい」と拾ったものだけ人が見る。人が見る量は、およそ10分の1になります。
まず決めるのは、入れる場所と触らない場所
最初にやるのは、入り口の確保です。会計ソフトとネットバンキングのログインを、自社の手元に戻します。退職者の個人メールアドレスで登録されている場合は、共有のアドレスに直しておきます。ここが押さえられていないと、何も始まりません。
そして同時に、触らない範囲を決めます。
DX課がある医療法人の経理を引き受けたときは、会計ソフトと銀行明細だけを触る、カルテと予約システムには触らない、と最初に線を引きました。医療機関では、この線引きを先にやると話が早くなります。
範囲が決まっていないと、関係者への確認が何度も往復します。「そこまで見るのか」という不安が先に立つからです。先に「ここまでしか触りません」と言い切っておけば、確認は一度で済みます。
もう一つ、設定を信用しすぎないことです。口座の「同期対象外」のような設定は、知らないうちに元に戻ることがあります。DX課は設定に頼らず、出口の仕訳で振り分ける形にしました。入り口で止める設計は、外れたときに気づけません。
溜まった仕訳は、機械と人で分けて片づける
溜まったものを頭から順に片づけようとすると、間に合いません。順番を決めます。
DX課の考え方は単純で、相手や従業員にすぐ影響が出るものから通す、というものです。支払いや入金にまつわるものは、遅れた分だけ社外に迷惑がかかります。社内で完結する記帳は、数日後ろにずれても取り返せます。どれが該当するかは会社によって違うので、そこは経営者と一緒に並べ替えます。
登録の仕方には、一つ注意点があります。仕訳は銀行明細に直結して登録します。DX課は当初、APIで別に登録する方式を試しましたが、それだと登録した仕訳が銀行明細と紐づかず、同じ取引が2回帳簿に載ってしまう危険がありました。明細に直結する方式に切り替えて解決しています。
そのうえで、機械に任せない場面をあらかじめ決めておきます。
AIの仕訳提案は、銀行名が似ている相手を誤って当てることがあります。ですから相手名の目視確認は必須にしました。個人名宛の振込は、AIに判断させず、必ず人が見ます。
逆に、機械のほうが確実な仕事もあります。入金消込のカナ照合です。振込名義のカタカナを請求先と突き合わせる作業は、機械のほうが速くて正確です。人は、一致しなかった数件だけを見ます。
この形で、止まっていた1か月分415件を全件処理しました。お金が動く最後のボタンは人が押す。この順番は崩しません。
合わないものまで、合わせようとしない
一方で、片づけても合わないものがあります。窓口の現金です。
釣銭と未回収の売上が混ざるので、現金は元々ぴったり合いません。ここを合わせにいくと、復旧が止まります。DX課は残高を報告するところまでを引き受け、原因の追及は経営側の領分だと線を引いています。
経営者が個人カードで法人の物も買う、という場面も同じです。ここで几帳面さを求める仕組みを作ると、続きません。DX課は「レシートを箱に入れたら経費、なければ私用」という1ルールにしました。まず全部を受け止めて、後から機械で振り分けます。
役員報酬など役員まわりも、計算の外に置きます。引き受ける範囲と、返す範囲。この二つを最初に分けておくほうが、結果として早く戻ります。
判断待ちで止まらないために、聞く相手を先に決めておく
復旧が止まる一番の理由は、処理が難しい件ではありません。「誰に聞けばいいか分からない件」です。
DX課は、用件別に聞く相手を先に決めます。私用か法人かの判断は経営者へ。事実確認は現場担当者へ。宛先が決まっていれば、判断待ちの件が机の上で滞留しません。
聞き方にもコツがあります。質問は、会計ソフト上の明細の名義をそのまま書きます。こちらで言い換えると、相手には伝わりません。経営者が見ているのは通帳やカードの明細で、勘定科目ではないからです。
そして、依頼と判断待ちは「やりとりボード」に書き出します。済んだものには印を付ける。口頭やチャットの流れの中に置くと、そのまま消えます。どこまで進んで、何が返ってきていないかが、一覧で見える状態にしておきます。
戻した後は、次に辞めても止まらない形にする
通常運転に戻ったら、そこで終わりにしません。同じことがもう一度起きるからです。
DX課がある医療法人で入れたのは、毎朝8時の自動投稿です。経理の状況(新着・保留・依頼中)をチャットへ流します。人が経理を見る時間は、朝の数分になりました。
「来るはずの請求書が来ていない」の発見も、機械が得意な仕事です。探す仕事を、確認する仕事に変えます。前任者が覚えていた「毎月この日に来るはずのもの」を、人の記憶に戻さなくて済みます。
そして月に一度、動いた件数とつまずいた件数を数えて報告します。数えていれば、次に人が変わっても、同じ場所から再開できます。引き継ぎ資料がなくても止まらないのは、記録が残っているからです。
採用で解決しようとすると、DX担当を1名採用して年400〜600万円、これに社会保険料と採用の手間、そして辞めるリスクが乗ります。ただ、これは人を減らす話ではありません。人が見る量をおよそ10分の1にして、最後のボタンは人が押す。その形に組み替える話です。
自社の経理のどこが人の手のまま残っているかは、無料のシミュレーターで確かめられます。29項目・3分、入力内容は送信されません。 https://dxka-booth.pages.dev